|
||||||||||||||||||||||
| 広大な緑に囲まれた珠玉の建築群とパス。 ヒューマンスケールで愛らしい造形を堪能する。 |
ただ、敷地内の高低差を考えると無理に軸を揃えるのも非合理であるし、各部の間には十分な緩衝帯があるので、決してちぐはぐなことにはなっていない。 |
|||||||||||||||||||||
| 自由学園 南沢キャンパス Jiyu Gakuen |
||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
| 東京西部、武蔵野と呼ばれる原野に建てられた学校施設群。 自由学園(*1)と言えば、建築ファンならまず目白の「自由学園明日館」を思い浮かべるだろう。明日館は、自由学園の開校当初のキャンパスであり、F.L.ライトのデザインを残し、かつ一般公開されているため知名度が高い。 今回取り上げるのは明日館ではなく、現キャンパスの「南沢キャンパス」である。遠藤新・遠藤楽(*2)の二世代に渡るオリジナルデザインが良く残されており、時を経て地霊が育ったこともあってか、独特かつ極上の景観を形成している。 |
||||||||||||||||||||||
![]() #1:手前は女子部体育室で奥が図書館。広大な敷地に低層の建物が点在している。 |
||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||
| ■キャンパス内の建物について | ||||||||||||||||||||||
| では、初等部・女子部・男子部・その他 について順々に紹介していく。 | ||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
![]() |
小学校に相当する「初等部」。 「ライトっぽさ」というよりは、明治以降独特の発展を遂げた日本の木造小学校校舎のDNAを強く感じる。 一般に遠藤新はライトの弟子という言い方をされるが、ライトの忠実なコピーに専念していたわけではなく、遠藤なりに真に使いやすい校舎建築のスタイルを模索した結果だと思う。もちろん、建設コストの関係から、大工や職人が戸惑い無く施工できる設計とする必要性もあったようだ。 |
|||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
![]() |
南沢キャンパスの中では最も「明日館」に近い佇まいを見せるのがこの女子部だ。 食堂(写真#11)と同軸上に体育室(写真#12)を配し、両脇に池と校舎をシンメトリー(左右対称)に置いている。(写真#15, 16) 通常、どの学校でも生徒数の増加に対応して増築を重ねた結果シンメトリーが崩れるものなのだが、ここはどうやら70年以上も同じように使われているらしく、特に増築もなく、当初の設計意図が守られている。 建物単体で見ても各々のデザイン密度が高く、かなり見応えがある。 |
|||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
![]() #20:奥の建物は体育館 |
こちらは女子部と比べて施設の規模が小さい。予算が厳しかったのか、建物の質も若干落とされているように感じる。 | |||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
![]() #21 |
周辺建物から距離があるのであえて異質な曲線主体の造形を見せている。残念ながら内部は見られなかったが、左奥の閲覧室も円形を描いている。 |
|||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
![]() #22 |
キャンパスの外に位置する古い寮。今は使われていないようだ。 | |||||||||||||||||||||
| ■キャンパス内を巡るパスの魅力 | ||||||||||||||||||||||
![]() #23:女子部から男子部に向かう道。緑が深く、とても学校内の通路とは思えない。 |
このキャンパスの建物以外の魅力を挙げるならば、私は迷わずパス(小道)の造形と、そこに宿った地霊を推したい。 敷地内の各所にレベル差があるため、パスにも細かな階段が設けられており、この階段の造形が実に魅力的だ。表層が砂利敷&石畳というのも趣がある。 自然の高低差を活かした(でも人間の手も適度に加える)造形という意味では、ライト晩年の傑作「落水荘」にもどこか通じるように思う。 ただ、こういうパスは現代だと実現困難だ。バリアフリーへの配慮と搬出入の利便性確保のため、段差は極力すりつけ、ダメなら勾配1/20くらいのスロープを設けて対応することになるだろう。表層にしても、アスファルトかインターロッキング舗装になるはずで、よほど上手に処理しないと景観としては興ざめとなりかねない。 時代の要請としてバリアフリー対応が必要なのは理解するし同意するけども、結果的に自然の地形とケンカする造形になったり、ちょっとした視線の上下動というテクニックが禁じ手になるなど、失うものも結構あるなぁと感じた。 |
|||||||||||||||||||||
![]() #24:女子部講堂近く。建物の隙間空間に過ぎないが、僅か数段の階段が風景を引き締めている。ただこの段差も実用上は問題であるらしく、板でスロープ代わりにしている。 |
||||||||||||||||||||||
![]() #25:女子部講堂のアプローチ。建物はライト同様、水平ラインを強調するデザインであり、階段はこの水平ラインとの相性がいい。 |
||||||||||||||||||||||
![]() #26:女子部の中庭 |
||||||||||||||||||||||
![]() #27:女子部校舎近く。ちょっとした段差が各所にある。 |
||||||||||||||||||||||
![]() #28:建物の裏側だからって全く手を抜いていない。 |
||||||||||||||||||||||
![]() #29:先に紹介した初等部にもこういった魅力的なパスがある。 |
||||||||||||||||||||||
| ■周辺に広がる学園町 | ||||||||||||||||||||||
![]() #30:学園町の風景 |
キャンパスの周辺には「学園町」が広がっている。学園町とは学校建設費用を賄うために学校と同時に開発・分譲された住宅地であり、ロットが大きく、驚くほど緑が深い。さらに多くの住宅を遠藤新・遠藤楽・遠藤陶ら、自由学園ゆかりの建築家が手がけている。 しかし、このエリアでも相続等によりミニ開発が進んでいるようだ。間口が狭くなると駐車場を置く関係からどうしても沿道の緑が減ってしまい、独特の景観を維持するのは難しい。学園町では「学園町憲章」という任意協定を定めているが法的拘束力はない。現に行われているミニ開発はある程度やむを得ないとしても、過度の細分化を防止すべく田園調布のような地区計画を定めた方がいいかもしれない。 |
|||||||||||||||||||||
![]() #31:ミニ開発された(と思われる)区画。ただし色彩、デザイン、緑など、学園町への配慮がうかがえる。経済合理性という制約の中でやれるだけのことはやっているようだ。 |
||||||||||||||||||||||
| ■長い時の中で建築と人が向き合う、美しい姿 | ||||||||||||||||||||||
| 今回は公開イベントの限られた時間の中で、やや駆け足で校内を巡ったわけだが、感覚的には古刹巡礼に近かった。深い緑の中を抜ける砂利敷きのパスは参道のようだし、初等部・女子部・男子部の秩序だった建物配置は寺院の伽藍を連想させる。さらに言うなら、古寺に近いオーラを感じたのは、建設以来目立った増築もなく、サッシ等の建具も(更新されているか否かは未確認だが)多くは木製が守られ、高々70年とはいえ地霊がよく育っていたためだろう。 今どきの”普通の”学校は、少子化で子供が減る中で収入源を確保するため、資産運用に熱心だ。おそらく普通の学校なら、経済合理性の名の下に、古くて使いにくい建物は取り壊して集約化し、空いた土地は売却するかマンション経営でキャッシュフローを得ようとするだろう。あるいは更なる成長を夢見て学校の規模を拡張すべく、緑地を建物で埋め尽くすかもしれない。その行動規範は企業原理そのもので、学校でありながらアカデミズムなど微塵も感じられない。(概して学校経営者と教員とはウマが合わないものだ) だが、このケースでは”普通の”学校とは違い、頑ななまでに創立時の姿が守られている。遠藤新・楽という二世代の建築家が時間をかけて面倒を見続けたという幸運もあった。建築家と建築・施主と建築・利用者と建築…、そういった建物と人との関係というのは、これが最も美しい姿なのかもしれない。 |
||||||||||||||||||||||
| [補注] (*1) 自由学園は、「婦人之友」を発行していたジャーナリスト、羽仁吉一・羽仁もと子夫妻により、1921年、目白(現在の自由学園明日館)に設立された。やがて手狭となったため1930年代には徐々に南沢キャンパスに移転し、現在に至っている。 (*2) 遠藤楽(らく)は遠藤新の次男、遠藤陶(とう)は三男。 [参考文献・サイト] 1) 自由学園 公式サイト [行き方ガイド]
|
||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||
| © Copyright 1998 FORES MUNDI All Rights Reserved | ||||||||||||||||||||||