高陽ニュータウン プラザ四季

宅地開発研究所+山下司研究室 1982

広島市の北部市街地に形成された、県下最大級のニュータウンのタウンセンター。交通動線に直交する細長い人工地盤(幅36m、延長212m)を建設して広場とし、その両側に商業施設や公共施設を配している。
広場のサイズといい、歩車分離といい、アーバンデザインは間違っていないと思うのだが、他のニュータウンと同様に閑散としている。木の葉型の日除け(リーブスシェルターと命名されていた)は半分くらい現存するが、アクセントとなっていた噴水や水路は撤去されて跡形もなく、竣工時の写真からうかがえる当初のデザインは相当部分が失われている。

建築家は設計・建設し竣工した時点をゴールとしがちだが、”まちづくり”は竣工してからがスタートであり、施設やコミュニティのマネジメントが欠かせない。しかし当時はそういう知見もなく、口先だけでなく本気で”まちづくり”をしようという政策意図もなかったはずで(そんなケースは現代でもめったにないが)、時点ごとに場あたり的に対応していった結果、こういう状態に至ったのだろう。
かなり頑張ってデザインしたことが分かるだけに、哀愁もまたひとしおだった。