くらはし桂浜温泉館

長谷川逸子 1998

倉橋島の南端部に近い、桂浜エリアに建つ公共施設。桂浜は船大工の里であるとともに古くからの景勝地であり、また県内有数の海水浴場として知られる。当時の倉橋町(現在は呉市に合併)はこのエリアをタウンセンターとして体育館や資料館などを整備しており、その一環として建設された。

悪い意味で模型のような建築

#1:丸い建物が群島のように連なるプラン

#2:通路を歩いてもワクワクする箇所がなく、大味な印象。ディテールに頑張った形跡が見られず、スタディ模型をそのまま大きくしたように思える。壁面も味気なさ過ぎる。まだ四角(キューブ)にしておいたほうがマシだ。

本作の特徴は、五つのタマゴ型のボリュームが群島のように連なるその造形にある。航空写真で見ると「おっ」と思うが、間近で見てみると大変残念な作品であった。本作を私なりに表現すると「悪い意味で模型のような建築」といえよう。M-CLINICは「良い意味で模型のような建築」であったが、こっちは”悪い意味で”である。その理由を以下に述べる。

理由1:タマゴ型の造形をおさめきれていない

まず第一に、この独特な平面形状を死守したために様々なデメリットが生じ、それを解決できていない。確かにこの造形はスタディ模型の段階では人々を魅了したかもしれない。島に立地する建築だから群島ですというのも分かりやすい。だが、実際に建ったものをアイレベルで見た時のインパクトはさほどでもなく、そこまでして守らねばならない造形だったのかは疑問だ。屋根は丸いが壁面は直線であるため、内部に入ると丸さは感じられず、丸と直線のスキマに微妙なピロティ空間が生じ、吹き抜けも窮屈なものとなってしまっている。SANAAの金沢21世紀美術館のように外壁ガラスも丸くしてやればよいのだが、そこまでのやる気が感じられない。全体的に見て醜いとは言わないが、特段美しいとも思えなかった。現物より模型の方が印象が良いわけで、すなわち「悪い意味で模型のような建築」なのである。

理由2:ディテールが甘く、居心地の良い空間がない。

建築に対する印象は平面計画やエレベーションだけで決まるものではなく、人間が直接見て触れる部分、すなわちディテールの魅力も重要な要素だ。”おバカなデザイン”でも、それを細部までこだわって徹底的にやり抜くことで、造形の神様が宿ることはありうる。しかし、この建物、ディテールが甘い。
クアハウス部分を除いた建物全体を見て回ったが、残念ながら「居心地の良い、気持ちの良い空間」や「ここのデザイン頑張ってるな!と思えるディテール」 が見あたらなかった。
もちろん破綻しているわけではないし、予算が厳しかったのかもしれない。でも、柱に微妙なアールを付けるとか、ちょっとした工夫で建築は愛らしくなってくるはずなのに、そういった頑張りの形跡が見られない。スタディ模型をそのまま大きくしただけに見える。やはり「悪い意味で模型のような建築」 なのである。これではゼネコンの設計施工と同じであり、建築家が関わった意義を見出せない。

理由3:設計と運営が乖離しすぎている。

#3:ホールの一部を店舗バックヤードにしている

この施設、現在は行政に代わって指定管理者が運営を担っているが、エントランスロビーだったところに店舗(土産物)を設けた結果、ロビーの一角を強引にバックヤードとして使っているなど、大変見苦しい箇所が散見される。設計者側からすると「それは施主側が設計時に与条件として出さなかったのが悪い」だろうし、私も原則はそうだと思うのだが、やはりこの独特の形状が拡張性を欠く一因になっている気がしてならない。この種の公共系建築が竣工後にどうなってしまうのかをもっと想像して取り組むべきではなかっただろうか。

このように酷評せざるをえない作品であるが、本作に救いがないわけではなく、地元のニーズをとらえて、そこそこ賑わっている。上質感とはほど遠いが、プロジェクトを総合的に見れば決して悪い結果ではないと思う。