福山城伏見櫓

不詳 1622

日本の近世城郭は武家の消滅に伴う破却や第二次大戦期の戦災により、その大半が失われている。広島県内の城郭も例外ではなく、広島城・福山城の天守は戦災で失われた。そんな中、奇跡的に現存するのがこの伏見櫓だ。その名の通り、水野勝成による福山城築城に際して将軍徳川秀忠が京都伏見城から移築させたものといい、隣接する筋鉄御門も伏見城からの移築らしい(写真#3)。伏見城は廃城となり現存しないので、本作は福山城というだけでなく伏見城の貴重な遺構ともいえる。
櫓は三層構造だが一~二層は同じ大きさで、小さい三層を望楼のように載せている。屋根は入母屋造の本瓦葺き。壁は漆喰仕上げだが、一~二層は柱や長押のラインが出ているのに対し三層は塗籠となっている。