アトム社屋/旧陸軍芸予要塞司令部

不詳 1899?

日露戦争時に瀬戸内海に建設された砲台群のうち、大久野島小島によって構成されたのが芸予要塞。実はその司令部施設が紡績会社の社屋として現存している。あまり知られていないが、大変貴重な近代化遺産である。
忠海東町の旧軍施設は、当初は砲兵大隊司令部が1899年に設置され、翌年芸予要塞司令部に変更されたとある。おそらくこれらの施設群もそのころ建設されたと推測される。
会社のご厚意で少しだけ内部も見せてもらえた。築100年の木造であるが、ほとんど狂いもなく現役で使われているとは驚きだ。構造がかなり強靱に作られていたのと、それほど重量物を乗せなかったためだと思われる。かなりの大スパンなので、ひょっとしたら鉄トラスを使っているのかもしれない。 本作については、文献調査をしながら判明し次第追記していきたい。